映画『日本人の忘れもの』のテーマイメジ

 

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太平洋戦争以前、フィリピンには3万人を擁する豊かな日本人移民 社会が存在した。敗戦を境に日本人の父親と生き別れたことから今も無国籍状態に置かれているフィリピン残留日本人2世たちがいる。

中国東北部の日本の植民地・満州国に敗戦を機に置き去りにされ た子どもたち。戦後30余年を経て日本に帰国するも、言葉の壁による差別と貧困の果てに日本政府を訴えた中国残留孤児たちがいる。

映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は、2つの国の残留者たち、 そして彼らを救おうとする市民たちの活躍を描きながら、私たちが生きる"日本という国の今"を浮き彫りにしてゆく。

国民の保護者である国家には残留者たちに果たすべき使命がある。 日本人の忘れものとは何か?戦後75年目。日本政府は救済に動き出すのか!?

 

映画プロモーション画像

 

 

上映館

地域 劇場 電話番号 公開日
東京 ポレポレ東中野 03-3371-0088 公開終了
京都 京都シネマ 075-353-4723 公開終了
名古屋 シネマスコーレ 052-452-6036 公開終了
大阪 第七藝術劇場 06-6302-2073 公開終了
横浜 シネマ・ジャック&ベティ 045-243-9800 公開終了
鹿児島 ガーデンズシネマ 099-222-8746 公開終了
別府 別府ブルーバード劇場 0977-21-1192 公開終了
沖縄 シアタードーナツ 070-5401-1072 公開終了
準備中
準備中

スタッフ

加賀美幸子ナレーター
加賀美幸子 かがみさちこ

1963年NHK入局。女性初の理事待遇となる。主な担当 番組は「女性手帳」「夜7時のテレビニュース」「バラエ ティー・テレビファソラシド」「日曜美術館」大河ドラマ 「峠の群像」「風林火山」「BS列島縦断 短歌・俳句スペ シャル」ほか。現在も、「NHK全国短歌大会」カルチャ ーラジオ「漢詩を読む」「古典講読」など古典からドキュ メンタリーまで広く活躍。
千葉市男女共同参画センター名誉館長、NPO日本朗読文 化協会名誉館長 ほか、多くの公職も務める。著書に『こ ころを動かす言葉』『ことばの心・言葉の力』ほか。日本 語の基本、生き方の鍵が詰まっている古典を伝えることを ライフワークとしている。

小原浩靖 脚本・監督
小原浩靖 おばらひろやす

TV-CMを中心に企業プロモーションなどの映像広告を手が け、作品数は700本を超える。主な作品はキヤノン総合 企業映画「伝えあい、わかちあい、響きあうために」(映 文連部門賞)、ASTEL九州シリーズ(広告電通賞)、サン トリー「極の青汁(シリーズ)」、「横綱白鵬翔 上昇への 挑戦(TVドキュメンタリー)」、三代目魚武濱田成夫MV 「ファイト!」。『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は劇場用映画第一作目。現在、第二作 となる劇映画を準備している。

河合弘之企画・製作
河合弘之 かわいひろゆき

1944年満州生まれ。経済弁護士としてダグラス・グラマン 事件、秀和対忠実屋・いなげや事件、ロッテ対グリコ比較広 告事件などの大型事件を手がける一方、中国残留孤児とフィ リピン残留日本人の国籍取得支援、全国の原発差止訴訟など の社会貢献活動をライフワークとしている。 また、映画『日本と原発』『日本と原発 4年後』『日本と 再生』を製作・監督し、全国の原発差止訴訟の証拠資料とし て提出している。
http://www.nihontogenpatsu.com

撮影
はやしまこと  J.S.C.

1985年大阪芸術大学卒。「紲~庵治石の味」でIMA国際映画祭2014最優秀撮影監督賞受 賞。「うん、何?」「暗闇から手をのばせ」(ゆうばりファンタスティック映画祭2013 グランプリ) 「サクラ花~桜花最期の特攻」などの劇映画、「ザ・ドキュメント」「ザ・ノン フィクション」(CX)、「NHK ヒューマンドキュメンタリー 」などのドキュメンタリー 他、ドラマやCMを手がける。

音楽
吉野裕司 よしのゆうじ

作曲、作詞、編曲、プロデュース。古楽、現代音楽、テクノなど幅広く作曲しCM、アニ メ、劇音楽やアルバムの制作を手がける。また、ソロユニット『Vita Nova』を主催し、 ゲストボーカルに甲田益也子、上野洋子、おおたか静流、小川美潮、かの香織、本間哲子など迎えベスト盤とリミックス盤を含む8枚のアルバムをリリースしている。
http://www.studio-ram.com

甲田益也子主題歌
甲田益也子 こうだみやこ

作編曲担当の木村達司と結成したデュオ「dip in the pool」にてヴォーカルと作詞担当。英国のレーベル Rough Tradeから1985年にデビュー。以後dip in the pool名義 で10枚のアルバムをリリース (プロデューサーは木村達司、オノ セイゲン、佐久間正英、 ピーター・シェラー)。ソロとして細野晴臣、清水靖晃、ゴ ンザレス三上、テイ・トウワ等を迎えた「Jupiter」をリリース。近年、アムステルダムのレーベル Music From Memory からリイシューされた「On Retinae」が世界的に 再評価され、国内外からのコラボレーション依頼、若い世 代との時空差間交流が増えている。
https://miyakoda.tumblr.com

最新情報

2020年  10月1日更新  自主上映会の募集を開始しました。
2020年  7月26日更新  ハーバービジネスオンラインで紹介されました。
2020年  7月20日更新  キネマ旬報8月号REVIEWで評価されました。
2020年  7月19日更新  毎日新聞で紹介されました。
2020年  7月15日更新  朝日新聞で紹介されました。
2020年  7月14日更新  東京新聞で紹介されました。
2020年  7月14日更新  ポレポレ東中野の7/25と7/26の上映時間と舞台挨拶情報を発表。詳しくは劇場ホームページで。
2020年  6月21日更新  「世界の姿」を知るニュースサイトドットワールドで紹介されました。
2020年  5月  2日更新 国際協力機構 JICAの広報誌 mundi 5月号で紹介されました。
2020年  4月  9日更新 ポレポレ東中野での公開日を7月25日(土)に変更しました。(コロナウイルス禍を受けての変更です)
2020年  3月31日更新 共同通信で紹介されました。
2020年  2月20日更新 日刊ゲンダイで紹介されました。
2020年  2月13日更新 『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』完成披露試写会を参議院議員会館で行いました。
2020年  2月  7日更新 『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』公式サイトを公開しました。
2020年  2月  7日更新 『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』公式Twitterを公開しました。
2020年  2月  7日更新 『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』公式Facebookを公開しました。


コメント


なかにし礼  作家・作詩家 1938年生まれ

胸を掻きむしられる様な思いをしながら観た。この映画には素晴らしいという言い方は適さない。”待望の”と言うか、、、これまでに観たことのないもの。この映画は本当に劇的な、日本という国家に向けて初めてなされた創作行為だ。
※なかにし礼氏からの推薦の言葉 全文はこちら

 


三代目魚武濱田成夫  詩人 1963年生まれ

この映画には”冷たい国”と”温かい国”が登場する。フィクションではなくSFでもないのにだ。

 


錦織良成  映画監督 1962年生まれ

世界中に新型コロナウイルスが拡がり、当たり前の生活が出来なくなった時代、この映画が公開されることは偶然では無いと思う。目に見えている、耳に入ってくる情報だけでなく、見えていない、聞こえてこない真実を知ることの大切さを改めて感じた。「全て戦争のせいなんだ」と自分を残して帰国した父を恨まなかった残留孤児の一言が心に突き刺さる。国籍を取得し、日本人として認められて「夢が叶った」と静かに涙を流すフィリピンの老婆の姿にも貰い泣きした。小原監督は、事実を淡々と重ねながら、正面から愚直に描くことで、奥底にある真実を確実に浮き彫りにした。戦地に残された日本人、同胞を地道な活動で救おうとする人々の姿や、企画・製作の河合弁護士や小野寺弁護士、安原弁護士などブレない法律家の姿勢には、心が震える。法律や、決まり事は弱者の為に最大限活用されるべきであり、人の情けがあってこそなんだと改めて気づかされる。ブレない生き方をしている大人たちの姿はカッコいい。とにかく全編、目が離せない。
『高津川』公式サイト / 『たたら侍』公式サイト

 


菱山南帆子  市民運動家 1989年生まれ

戦争によって命も人生も翻弄され、更に戦争を起こした国から見捨てられたという、貴重な証言を聞くことができた私は、これからの未来に伝えていく責任がある。そして、過去の歴史を学んで未来を作っていかなくてはならない。人間は生まれるとき、時代も場所も選べない。だからこそ私たちは平等に生きられるよう国境を越えて連帯していきたい。

 


安田美仁子  突撃洋服店代表 1963年生まれ

優しさのピンク、強さの赤、心に悲しみが刺さって仕方がないのに色が鮮明に記憶に残ってる。服の色がその人の人生だった。
※安田氏の著書 『古着は、対話する。』

 


井上淳一  脚本家・映画監督 1965年生まれ

《過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目となる》とは最近とみに引用されるドイツの元大統領ヴァイツゼッカーの言葉だが、知らなけば何も始まらない。と言うのは簡単だが、知らないことは本当に多い。この映画で描かれるフィリピン残留日本人のことをただの一度も見聞きしたことがないはずはなく、なのに、そこにどんな歴史があるか、どんな物語が隠されているか想像したこともなかった。恥ずかしい。でも、遅くはないと思いたい。この映画が教えてくれることは大きい。彼らは生きている。この腐った国で、自分に何が出来るか。戦争は終わっていない。
『誰がために憲法はある』公式サイト

 


白石和彌  映画監督 1974年生まれ

冒頭に現れる《自国民の保護は、国家の根本的な義務である。》という一文が重い。この映画は過去にあったことを描いているのではない、この国の現在と未来を描いているのだ。コロナウイルス禍の真っ最中だからこそ国が果たして来なかった義務と責任がどれだけ多くの人生を棄ててきたかがよくわかる。そして、それは国だけではなく政治や社会に無関心な我々国民の責任でもある。残留孤児の方々の深く刻まれた皺と真っすぐな眼差しから目を逸らしてはいけない。彼らは想像を絶するようなあらゆる感情を飲み込んで、ただ愛を求めている。残念ながら日本と日本人が忘れゆくものは加速している。それはこの映画にも出てくる為政者を見れば明白だ。だからこそ、連帯して声を上げ続けなければならない。終わりはないのだ。
『ひとよ』公式サイト / 『凪待ち』公式サイト / 『麻雀放浪記2020』公式サイト

 


阿武野勝彦  東海テレビ報道局 映画『人生フルーツ』『神宮希林』プロデューサー 1959年生まれ

内と外…。この国には、陰湿な排除の火が燻ぶり続けている。しかし、彼らは、外の人ではない。澄んだ瞳で、わが内なるニッポンを訴え続けているだけだ。一体何が、阻害しているのか。これは、ただの国籍問題ではない。戦後75年…。いつまで経っても、過ちを正すことができない。私たちが作ってきた国の姿が、問題なのだ。
『人生フルーツ』公式サイト / 『神宮希林』公式サイト

 


土方宏史  東海テレビ報道局 映画『さよならテレビ』『ヤクザと憲法』監督 1976年生まれ

とってもマジメな映画です。淡々としていて、事実をひたすら積み重ねていくやり方で刺激的な展開や驚きのラストなんてありません。でも、今まで自分が全く知らなかったことを教えてくれました。一緒に旅をしている気にもさせてくれました。なんか、どっかで見たことがあるなぁと思いながら見ていたんですが、僕たちの先輩が作ってきた番組に似ているんです。たぶんもっと前は、テレビが、しかも僕たちのような地方のローカル局がこういうのをいっぱい作ってきたんでしょう。視聴率のためでもなく、賞のためでもない。クリエーターじゃなく職人と呼ばれる人が地道にコツコツと取材してきたものを見られるのが、今はテレビじゃなくて映画なんだということに気づいて恥ずかしい気持ちと、それでもまだそういう人がちゃんといることに安心しました。
『さよならテレビ』公式サイト / 『ヤクザと憲法』公式サイト

 


糠塚康江  東北大学名誉教授(憲法学専攻) 1954年生まれ

日本の最高裁は、日本国籍を『我が国の構成員の資格であるとともに、我が国において基本的人権の保障、公的資格の付与、公的給付等を受ける上で意味をもつ重要な法的地位』(最高裁平成20年6月4日大法廷判決)と定義づけている。『憲法上の権利を持つ権利』と言い換えてもよいかもしれない。フィリピンの奥地には、戦後75年を経た今も、就籍を望む“忘れられた”邦人が残留している。しかし、就籍が認められても、それだけでは十分ではない。永住帰国した中国残留孤児たちの苦難の歩みは、日本国憲法の権利主体たる尊厳ある個人は、自律を可能にする生存基盤と共同体のコミュニケーションツールとしての日本語の習熟を必要としていることを教えてくれた。本作品は、フィリピンと中国の在留邦人を時間軸の中で対照させて描くことで、尊厳ある個人を支える重層構造を可視化している。“戦争”という国策を遂行しながら、あまりに不十分だった敗戦処理を“仕方がなかった”で片づけた無慈悲な司法判断が、印象的に引用されている。この精神構造こそが、政治の不作為という人災を生む。本作品は、静かに、しかし明確な意思をもって、この不条理を告発している。
※糠塚氏の著書 「議会制民主主義の活かし方――未来を選ぶために」

 


篠原勝之  ゲージツ家 1942年生まれ

「にげんと ころされるよ」拙い日本語でもの静かに語っていた赤星ハツエさんが、目をうるませて語気を強めた。関東軍が満州・中国に日本人を置き去りにした責任は無いとし、仕方なかったと判断した司法。”仕方ない”は、意味のない戦争に巻き添えをくらい、なんとか生き延びた人達こそが、悼み、苦しみ、口惜しさを呑みこんで、辛うじて口をつくのである。戦争を主導した国家が言い訳に使う言葉では断じてない。
※本作のパンフレットには、篠原氏からの1,400文字超のご寄稿を掲載しています!

 


藤原作弥  ノンフィクション作家・エッセイスト・元日銀副総裁 1937年生まれ

戦後75年目に、この映画が製作・公開される意義は大きい。私は満蒙僻地からソ連戦車軍団の虐殺を逃れ引揚げてきたが、“残留”され、“孤児”となった同胞も多い。また、フィリピンなど南方に置き去りにされた遺児たちも。本作品は、平和ボケしたわれわれ戦後日本人が忘れていた負の遺産を、感動的なエピソードと支援記録で総括したドキュメンタリー映画だ。

 


三沢亜紀  満蒙開拓平和記念館 事務局長 1967年生まれ

日本人であることで迫害を受けるため身を隠すように生きてきたという人々が、日本国籍を持てないという不条理。フィリピンでも中国でも、残された人々が『日本』を背負わされてきた。国とは。国籍とは。誰が保護され、誰がその枠からこぼれ落ちてしまうのか。日本国籍取得の報を受けて満面の笑みを浮かべる年老いた人。私たちの国は、あの笑みに足る国なのだろうか。
満蒙開拓平和記念館ホームページ

 


高野孟  インサイダー 編集長 1944年生まれ

中国残留孤児のことは多少とも知っていたが、フィリピン残留日本人2世が戦後、日本国家から遺棄されて75年、平均で81歳になる1000人以上もの人々が未だに国籍未確定のまま苦しんでいるという事態の深刻さに驚愕した。軍隊は、国体は守ろうとするが国民を守るつもりなど毛頭なく、平気で棄民するということが、改めて身に染みた。