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【 推薦の言葉 】

なかにし礼

小説家・作詩家

胸を掻きむしられる様な思いをしながら『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』を観た。
映画は2つの国の残留者たちを生々しく、活き活きと描いていた。生き抜いてこられたその姿を見て僕は嬉しく思った。

ポツダム宣言を受諾した1945年8月14日、日本国政府は外地に暮らす国民を〈現地に定着〉させる方針をとった。
これは、敗戦国が国民を棄て去るという棄民政策であり、世界史に類例を見ない国家の大罪である。
国民を国民とも思わぬ日本国政府の体質は、不治の病を持つ者のようだ。
この国で生きるということは、あらゆる場面で国家に棄民されることでもある。それは、原発事故による被災者への行いを見ても然り、現在の新型コロナウイルスに対する政府の行いを見てもそうである。いったいこの国の政治のあり様とは何なのか?

僕も引き揚げ者であり、満州で棄民された者のひとりだ。日本国の棄民は徹底している。
満州では、国民を守るはずの大日本帝国陸軍撤退によって棄民され、先に挙げた現地定着方針によって棄民され、引き揚げが国家によって成されなかったことで棄民され、そして、帰国後には引き揚げ者と呼ばれ、差別を受けて棄民された。
国民は何重にも棄てられ続けてきた。

政府とは本来、国民を守ることだけにしか必要のないものなのだ。
棄民政策を平然としてやり続ける国家も、それを許してしまう国民も僕は嫌悪する。

だがしかし、この映画で描かれるフィリピンと中国という質の違う2つの残留者問題をひとつの大きな問題として捉え、国籍回復という形で支援し続ける河合弘之弁護士の努力と実行力は、日本にとってのひとつの救いだ。
そして、その成果をスクリーンで目の当たりにして僕は感動した。

また、残留邦人の支援者として登場する小野寺利孝弁護士、安原幸彦弁護士、大久保真紀朝日新聞編集委員、猪俣典弘氏をはじめとするフィリピン日系人リーガルサポートセンターの方たちの本当に素晴らしい働きを目撃して僕は、”日本とはこんなにもいい国だったのか?”という思いを持ち、また、僕自身が日本人であることにある種の誇りをも感じた。

そして、全編に流れるナレーター加賀美幸子さんの声は、日本人の良心の声だ。
加賀美さんの声がこの映画を支えているし、彼女を起用したことも優れたアイディアだと思う。
よくぞこの2つの棄民問題を、かくも自然に、流れる様に創り上げた小原浩靖監督の手腕は並々ならぬものだと僕は思う。

この映画には素晴らしいという言い方は適さない。”待望の”と言うか、、、これまでに観たことのないもの。
この映画は本当に劇的な、日本という国家に向けて初めてなされた創作行為だ。
『日本人の忘れもの』という映画が生まれたことは奇跡的なことだと思う。

なかにし礼 1938年 中国黒龍江省牡丹江市生まれ。 作詩家として『今日でお別れ』『石狩挽歌』 『時には娼婦のように』 『北酒場』など約4000曲を創る。 作家として98年に『兄弟』を発表。次作『長崎ぶらぶら節』は第122回直木賞受賞。01年 満州からの引き揚げ体験を描いた『赤い月』を発表。以降、『てるてる坊主の照子さん』『夜盗』『さくら伝説』『黄昏に歌え』『戦場のニーナ』『三拍子の魔力』『世界は俺が回してる』絵本詩集『金色の翼』『夜の歌』『天皇と日本国憲法』『芸能の不思議な力』『がんに生きる』『わが人生に悔いなし 時代の証言者として』を発表。 http://www.nakanishi-rei.com